本を作るまでのお話

どうも、おはこんばんちは。髙松です。

制作論とかではありません。
今回は本当にどうでもいい、しょうもない自分語りです。
つまんないので興味ない人はブラバ推奨。

こないだからしばらく本を作ることについて考えてたんですが、そもそも自分が本作ろうと考えたきっかけが何だったか忘れてて、過去あったことを思い出してたら芋づる式に出てきたので備忘録として書いておこうかなっていう感じです。

小学生の頃から『今昔物語』やら『アラビアンナイト』やら本を読むのが大好きだった少年は、当時ファミコンやスーファミで遊ぶ兄弟、従兄弟の影響でRPGが大好きになりました。(ガンダムとプラレールも大好きでしたけど、その辺は流れを思い出せない。多分兄弟とか親戚の影響)
その頃はDQ1~4、FF5とかが身近にあって、中でもグラフィックが綺麗なFF5にドハマりします。
授業中ノートには絵を描き、ろくに宿題も提出しない始末。
漫画クラブに入ってラクガキばっかりしてました。あの頃描いてたものは前後の脈絡がなさすぎて、アホだったなと思います。
中学ではFF7と天地無用!で完全にオタク化し、オーフェンとセイバーマリオネットJとカードキャプターさくらで私の大体の礎が完成しました。この辺抑えといたら髙松さんは攻略できます。

高校入って部活動強制入部のパワハラを受けるわけですが、根性論に向いてなかったために運動部は避け、文芸部に入りました。相変わらず下手な絵描いていたところ、絵を描くことに関しては部内で一番うまい先輩に認められて真剣に描き始め、まぁまぁ見れる絵になりました。

さて、そろそろ本題です。入部当時の3年生が卒業してその先輩が実権を握ると、部誌も何もかも好き放題やり始めたんですね。
文化祭のちょっと前くらいに、先輩があれもこれも本の仕様を決めるので、「お前だけの本じゃねえぞボケナス」と言って本を作る現場でブチギレ。後日退部届を名ばかり顧問に叩きつけてやりました。クソみたいな学校でクソみたいな教師がゴロゴロいて(一応担任なんかはすばらしい先生に恵まれました)、顧問もクソみたいな奴だったのでちょうどよかったです。

そのまま高校卒業までいって就職、FF11にハマります。中学、高校時分からPCに慣れ親しんでいた私はネトゲの悪い習慣にどっぷり浸かり、しかしクソみたいな廃人仕様のゲームについていけずギブアップ。
で、兄が買って使わずお下がりとしてもらった初代IntuosとPhotoshop LEで絵を描き始めたのが運の尽き。当時はローゼンメイデンが流行ってて、自分でも描いてました。
MSNメッセンジャーで今の親友たちと出会い、そこそこイラストが上達してきたところで東方projectを知り、オニグンソウさんや三輪士郎さんの魅力に取り憑かれてついに同人誌を出します。

根底には、高校でまともな本が作れなかった心残りがあったのかもしれないですね。
当時の先輩とは今も仲直りしてません。というかあの人、「印刷会社に就職して職場結婚する」とか豪語してたのに気づいたら家電量販店でバイトしてたのを発見してだいぶ気まずかったのを覚えてます。性格に難ありだったのでまぁそうなるかと妙に納得したのも(

東方で2冊ほど漫画同人誌を出したあと(か、その最中)、pixivファンタジア2、3に参加したのがきっかけで版権描くのがつまらなくなって、創作の道に進みます。
創作で本作ろうと思ってプロット書いてたら段々長くなっちゃって、「もしかして小説書くほうが向いてるんじゃね?」と思って小説を書くようになりました。
その頃家出して上京、コミケ出て創作島の人気のなさに愕然としてどうしようか悩んでたところで職場いじめに遭いそうになり、前職の編プロに入って今に至ります。

学校の宿題は本当に全然提出しなかったのに、今になって仕事熱心なのはすごいクリエイターさんの熱量に影響されたからですね。こういう熱量を学生時代に経験したかったし、そうしたらもうちょっと進む道も楽だった気がします。まぁ日本国召喚は出てなかったかもしれませんが(

編プロに勤務してたおかげで7割合格の精神が身についてはいるんですが、全力出して9割5分以上に仕上げた作品はやっぱりインパクトが違うので、そういう作品を作りたくてどうしても全力出そうとしちゃうんですよね。ご迷惑をおかけします……。
全力出した結果が8割くらいのクオリティで、非常に力不足を感じてはいます。
勘弁してください、コツの端っこを掴んだのが外伝2巻からなんです(

あとは駄文。
思い返せばなかなかひどい人生でした。50代か60代でとっとと死にたいです。私がこの仕事を続けているのもファンタジーな世界に逃避したいからですし。文香さんみたいな美人に生まれたかった(
現実はクソで、どこまでいってもつまらない。せめて救いのある作品に浸って、自分でも作って、そうして生きていければそれなりに愉快な人生だったと今際の際に言い残せる気がします。
あと何年生きるかわかんないですが、今しばらくお付き合いください。
自分が携わっている仕事は最後の幕引きまで頑張ります。

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