日本国召喚外伝1巻 書泉・芳林堂書店特典『語り継がれる思い』

■ 中央暦1639年9月5日 クワ・トイネ公国 公都クワ・トイネ 日本国大使館 大使室

 

ロウリア事変が終わってすぐのクワ・トイネ公国にて、在クワ・トイネ大使の田中はいつも通り多忙な日々を送っていた。

新世界初の在外大使である。当然ながら田中の働きが今後各国のモデルケースになるので、些細なことでも記録に残し、報告する必要がある。地球では考えられない様々な事象が毎日のように発生し、それの原因と対策や解決方法を調べていると毎日残業が発生する。

クイラ王国大使の宇田もだいぶ疲労が溜まっているらしく、定例報告の魔信通話で必ずと言っていいほど愚痴をこぼしていた。

「田中さん、私はもう限界です。毎日毎日各地の視察、民間企業のインフラ整備の進捗確認……日本人の相手だけでも大変なのに、話が大雑把なわりに契約関係は細かいドワーフや脳まで筋肉な獣人族たちの相手もしなきゃいけない。新世界は我々日本人にとって過酷すぎます」

このままでは宇田が鬱を発症しかねない(すでにその兆候は見られるが)。

田中が本国にそれとなく伝えたところ、ロウリア事変もあってなかなか休みが取れなかった田中たちを慮って、本国外務省から長期休暇帰国の許可が出た。

言うべきことは言うものだと、田中は家族を連れて1ヶ月ほど帰国することにした。

 

■ 中央暦1639年9月12日 日本国 神奈川県 横浜市 田中邸

 

田中は横浜市にある実家へと戻っていた。

平凡な名字だが、実は名家である。横浜市の高級住宅地に構えた邸宅は、最新技術で建てた日本家屋だ。残暑の中でも快適に過ごせる。

子供たちは地元の学校へ、短期の体験入学で通っている。妻は久々の日本を楽しむために、父母と一緒に街へ買い物に出かけた。

こうして日本にいると、異世界転移したなどということが信じられない。ロウリア事変中はマスコミが大騒ぎしていたようだが、やはり画面1枚隔てているせいか、世間は他人事のように見ていたらしい。

「平和なもんだ……」

そんな日本が、田中は大好きである。この日本を守るために自分は外交官になったのだと、家の庭を見ながら茶をすする。

「やっぱり日本がいいか、一久かずひさ

隣に腰を下ろしたのは、御年83になる祖父一大もとひろである。

「そうですね。いくらクワ・トイネ公国の居心地がいいと言っても、利便性や慣れない文化にはそう簡単に順応できません」

と苦笑いを浮かべる。そして小さく頷き「だけど、それが面白いんですけどね」と付け加えた。

「そうか」

一大も面白そうに目を細めた。自分の孫が大変な役目を背負って海外に行ったと聞いたときは、心配で仕方なかった。だがそれもいい経験になっているように見え、彼の成長を素直に嬉しく思う。「大変なことになってしまったなあ」

「そうですね。でも、一番の懸念であった食料問題は解決に向かっています。エネルギー問題もギリギリのところで踏ん張れました。むしろ地球にいたときよりも幸せかもしれませんよ」

一久の言葉に、一大は「ふむ」と顎先に手を添えた。

「一久、大祖父おおじいさんの言葉を覚えているか?」

「大祖父さん? ええと……」

「お前は小さかったから覚えてないかもしれんなぁ」

曾祖父は、田中一久が8歳のときに亡くなっている。30年近く経つと、さすがに忘れてしまうだろう。

「おれが10歳のとき、親父は東遣艦隊ってのに選ばれて長期遠征に出て行ったんだ。それから2年後、ちょうど敗戦と同時に帰ってきてなぁ」

一大は地面に視線を落とし、訥々と語り始めた。

「この世界とは別の世界に行って、そこで人類を救ってきたんだと言っていた。他のやつに言っても信じてもらえないだろうから、心に留めておけと念押しされた」

曾祖父は異世界を救う艦隊に加わり、2年もの遠征を戦い抜いてきたそうだ。

地球とまるで違う水平線。次々と襲いかかる異形の鬼、巨大なトカゲ、化けタコにイカ。

そして彼らとともに戦った人間たち。耳長、ずんぐり、半分獣、色んな人々がいたという。

この話を聞いた一大と曾祖母は、父は戦争の恐ろしさで気が触れてしまったのだと思い込んだ。

一久はここまで聞いて、ようやく曾祖父の話を思い出した。

当時の彼も、お伽話かアニメか何かの話だろうと考えていた。だがここまで聞いて、思い当たったことがある。

「そういえば、妙な話を聞いたな……」

この世界は1度、「太陽神の使者」なる存在に救われたという話だ。

曰く、雷鳴のごとき轟音を発する、空飛ぶ神の舟に乗り地上を焼いたとか、地平を駆ける鋼鉄の地竜が魔獣の群れをなぎ倒したとか、挙げ句には海から大破壊をもたらす爆裂魔法を投射したとか。

彼らは日本国旗と同じ日の丸――太陽の紋章を掲げて戦ったと伝承に残っているという。

この話は宇田も聞いたらしく、たとえばクイラ王国の国旗にもその名残が見られるらしい。

これらを総合すると――

「まさか太陽神の使者というのは、大祖父さんのことなのか?」

空飛ぶ神の舟というのは比喩で、レシプロ戦闘機ではないだろうか。鋼鉄の地竜は戦車、海から大破壊をもたらすのは戦艦――と考えられる。

「何か心当たりがあるのか? 一久」

「あ、いえ。ですが大祖父さんが戦争に行ってたときって、今から70年ほど前のことですよね?」

「昭和20年だから……そうだ。親父が帰ってきてからもう70年になるのか」

一久が首を傾げた。

計算が合わない。太陽神の使者の話は、それこそ神話のような世代の話だと聞いた。エルフたちの寿命は今でこそ2、3千年程度らしいが、当時は7千歳もの老エルフも存在したという。

そんな彼らの神話なのだから、万を超える年数は経っているはずだ。

何か勘違いしているのだろうか。あるいは――

「だがまぁ……」

考えにふける一久を、一大の言葉が呼び戻した。祖父は空を見上げて続ける。

「親父が今際に言っていた。『異世界を救うのは、子孫の幸せのためだと聞いて、必死で戦った。だけど日本の敗戦を防ぐことはできなかった。焼け野原となった日本を見て、おれたちの戦いは無駄だったのだろうかと今も自問自答している』と。だが日本は敗戦から立ち直り、戦争への戒めを今も忘れることなく国が続いている。これが幸せと言わずして何だと言うのだ」

それを聞いた一久も、曾祖父が確かにそう言っていたことを思い出した。

そして今ならわかる。

曾祖父が救ったのは、きっとこの新世界に間違いないのだ。未来の幸せとは、クワ・トイネ公国とクイラ王国のことだ。曾祖父たちが守った世界が、日本を今という未来につないでくれている。

そう思うと、田中一久は誇らしくなり、これからも日本のために、曾祖父が守った世界のために頑張ろうと決意を新たにするのだった。

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